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フォレストサイドハウスの住人たち(その6)

[1] スレッドオーナー: 鶴岡次郎 :2014/02/26 (水) 16:25 ID:qM/Z/gzY No.2480

佐王子に説得されて、シュー・フィッターの仕事に専任することを決意した加納千春は、佐王子が
描いた戦略通り、見事に闇の仕事を切ることに成功しました。それだけではなく、仲間の店員たち
も彼女の巧みな誘導で足を洗うことができたのです。一番喜んでいるのは何も知らされていない店
長かもしれません。
さて、闇の仕事を切り捨てた千春に次の仕事が待っています。佐王子の言う通りであれば、「管理
された形で売春をする仕事」が待っているはずですが、どんな展開が待っているのでしょうか、相
変わらず普通の市民の物語を語り続けます。ご支援ください。なお、トンボさんのご指摘に従い物
語の冒頭で、これまで語ってきた登場人物を整理して説明をいたします。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字余
脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるようにし
ます。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 『記事番号1779に修正を加えました(2)』、文頭にこの記事があれば、記事番号1779に
    二回修正を加えたことを示します。ご面倒でも読み直していただければ幸いです
                                        ジロー   


[27] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(157)  鶴岡次郎 :2014/04/18 (金) 15:56 ID:eFWSYnIQ No.2508

火照った体の隅々に冷たい水が行き渡っています。浦上は大きく息を吐き出しました。それだけで、
浦上は立ち直っていました。四肢に力がみなぎり、彼の中に戦う意欲がむらむらと湧き上がってい
ました。表情から怯えは消えています。浦上の変化に佐王子も気が付いた様子です。目を細めて、
若い浦上の様子をじっと見つめています。

「佐王子さん・・、熱くなりすぎて、少し言い過ぎました。
おっしゃる通り、千春さんとあなたの間に横から入り込んだのは私です、
その意味で、あなたが私に文句を言うのは当然です・・。
私からあなたに文句を付けるのは、明らかに道理に反します。
それは認めます・・・

しかし、たとえ道理に反していても、すべての人から批判を浴びようとも、
人が人を好きになることを止めることはできません・・・・」

冷静に戻った浦上は、話の展開でも、話の筋でも、その道を踏み外したのは浦上自身だと気が付い
たようです。このままでは佐王子に寄り切られると危機感を感じ取っていたのです。謝るべきとこ
ろは素直に謝り、劣勢を立て直すことにしたのです。

「佐王子さん…、
あなたにはとうてい許せないことだと思いますが・・、
私は千春さんを愛してしまったのです。
この気持ちはどうすることも出来ません。

なたにとっては、迷惑この上ない話だと思いますが、
あなたの愛人である千春さんを私は愛してしまったのです。
千春さんの幸せを願うことでは、私とあなたは同じ立場に居ると思います。

そこで一つお願いがあります。
これから先、万が一、私が千春さんと離れることになって、
千春さんとあなたの関係がこのまま続くことになっても、
あなたに、絶対守ってほしいことなのですが・・・・、
聞いていただけますか・・・・・」

必死の表情を浮かべ浦上が話しています。佐王子が黙って頷いています。

「ありがとうございます…。
あなたは先ほど、『・・俺が先に手を付けた、俺の女だ・・』と言いましたね・・、
その他、この場で口に出すことさえできない、蔑みの言葉をたくさん使いました。

千春さんに少しでも愛情を感じておられるのなら・・、
いえ・・、千春さんのことを大切に思っておられるのであれば・・・、
いえ・・、あなたが千春さんを愛しているのは、僕には良く判るのです。
そうだからこそ・・、こうして申し上げているのです…。

千春さんを辱める言葉は使わないでほしいのです。
千春さんを人前で辱めるのは止めて欲しいのです・・・・」

やや怒気を含めながら浦上が話しています。苦笑を浮かべて佐王子が頷いています。心配そうな表
情で千春が浦上と佐王子を交互に見ています。

「あなたが本当に千春さんを愛し、千春さんもそれで満足して、私よりあなたを選ぶというのであ
れば、残念ながら、私は引き下がるより他に道はないと思います。しかし、あなたの話を聞いてい
て、あなたが判らなくなっています。私が引き下がることが千春さんの幸せに結ぶ付かないと思い
始めているのです・・」

佐王子を真正面から見つめて、浦上が渾身の気持ちを込めて話しています。

〈・・この男はなんていい顔をしているのだろう・・・!
この瞬間、惚れた女のために、すべてを捨てている・・・・・、
俺にもこんな時があったのだろうか・・・忘れてしまったな・・〉

焦点の合わない、遠くを見るような視線で浦上の顔を見ながら、佐王子は過ぎ去った昔を思い出し
ていました。

「男女の愛の形は人それぞれに違うことは、経験の浅い私にも何とかわかります。
それでも、私にはあなたの気持ちが判りません・・・。
あなたは千春さんを本気で愛しているのに、
その一方で、あなたは稼業の駒として千春さんを利用しています。

あなたの話通りであれば、5年間、千春さんは女の盛りを犠牲にして、あなたに奉仕した勘定です。
このままあなたとの関係を続けることが、
千春さんの幸せに結びつくとは、とうてい私には思えないのです・・」

静かに、明瞭な言葉で浦上は話しています。千春はやや面を伏せて、聞いています。佐王子は視線
を宙に向けています。二人それぞれに、浦上の言葉に深い感銘を受けているようです。


[28] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(158)  鶴岡次郎 :2014/04/19 (土) 12:26 ID:T3Gxc42E No.2509

かなり厳しく非難されているのですが、佐王子は何も反論しません。反論する材料がないのか、あ
るいは反論する意欲がないのか、いずれにしても佐王子は口を閉じたままです。酷くやられている
のですが、佐王子の表情は穏やかで、満足げな様子さえ見せているのです。千春は下を向き、肩を
震わせています。

千春の様子はともかく、佐王子の態度は浦上には不可解であり、不気味です。浦上は勝利を確信で
きないまま、最後の言葉を出すことにしたのです。まさに運を天に任せる心境だったのです。

「佐王子さん…、どうでしょう・・・
ここらで、千春さんを自由にしていただけませんか・・。
千春さんの幸せのために、決断してください…。

それとも、未だ絞り足りないというのですか・・・」

後には引かない毅然とした覇気を見せて浦上が言い切りました。冷静に戻った浦上に隙はありませ
ん、さすがの佐王子も反論できないのでしょうか・・・。

胸の内にあるものを全て話し終わった浦上がことをやり遂げた満足気な表情を浮かべ、佐王子を見
ています。挑戦的な言葉を投げかけられた佐王子ですが、なぜかこの場にふさわしくない嬉しそう
な表情を浮かべているのです。

「もし、私が千春を手放したら・・、
あなたはどうするのですか・・・?」

「どうするって・・・、
今、ここで、貴方にそれを言わなくてはいけないのですか・・」

「ぜひ、聞かせてください・・・、
千春も同じ気持ちだと思います・・・」

佐王子が千春をチラッと見て、ゆっくり語りかけています。千春がコックリ頷いています。どうや
ら佐王子の作戦に浦上はすっぽり嵌ったようで、ぎりぎりの瀬戸際に追い込まれ、男の本音を吐き
出す羽目に追い込まれた様子です。

「私の求婚を断った理由が・・、
今あなたから聞いた彼女の過去が原因であるというのなら・・・・」

ここで言葉を止めました。佐王子も、千春も、まさに固唾を飲んで、浦上の次の言葉を待っている
のです。浦上は目を閉じて、もう一度彼自身に問いかけていました。

「私はそんな過去を問題にしません。
私は改めて、千春さんに結婚を申し込みます・・」

冷静な声で浦上は答えていました。そして、心の内にいるもう一人の彼自身に、もう一度問いかけ
ていたのです。

〈本当にそれでいいのだね・・、
売春婦の千春を妻に出来るのだね・・〉

自分自身に問いかけ、涙を流し、浦上をじっと見つめている千春を見て、浦上は自分に迷いがない
ことを確信していたのです。

「判りました・・。
今日を限りに私は千春から手を引きます。
私から千春の過去を暴き立てることを勿論しません。
それに、誰かが少しでも千春の過去に触れようとしたら、連絡してください。
私が身を呈して、それを防ぐことをお約束いたします。
それが、せめてもの私のお礼奉公です…」

そのタイミングを待っていたようにすらすらと口上を述べ立てる佐王子を見て、ようやく佐王子の
真の狙いに浦上は気が付いていました。まんまと彼の罠にはまり込み、本音を吐き出したことに気
が付いているのです。勿論悪い気分ではないようです。


[29] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(159)  鶴岡次郎 :2014/04/20 (日) 14:55 ID:b/c3IKNs No.2510
千春がそっと右手を伸ばし、浦上の左手をつかんでいます。それに気が付いた男が右手を女の手の
上に載せています。男と女は黙って視線を絡ませ会っています。女の瞳に涙があふれ、水滴が頬を
伝って、きれいな顎から滴り落ちています。男がハンケチを出して、女の頬をぬぐっています。女
が微笑み、男が笑顔でその微笑みに応えています。

目の前で繰り広げられる控えめな男と女の行為を佐王子は黙って見ていました。この喫茶店に入って
から初めて・・、いや、おそらく彼の生涯でも数えるほどしかないと思いますが、胸の内をあからさ
まに表情に表わしているのです。今にも泣きだしそうな、悔しさを抑えきれないような、それでい
て、慈愛を含んだ、あきらめを感じ取った、満足げな表情を浮かべているのです。

二人にしばらくの時間を与えて、頃合いを見て佐王子がゆっくりと口を開きました。

「私の出番は終わったようなので・・、
ここで失礼します・・」

「アッ・・・・佐王子さん・・、
えっ・・、帰るのですか・・、
そうですか・・・、本当にありがとうございました・・」

二人の世界に入り込んでいた男と女は、今更のように佐王子の存在に気が付いて、びっくりして佐
王子を見ているのです。さすがに、千春があわてて、感謝の言葉を告げています。千春の慌てた様
子が、とってつけたような感謝の言葉が、佐王子の胸にぐさりと突き刺さっていました。

〈俺の存在を忘れるほど舞い上がっているのだ・・、
いいよ・・、いいよ、
俺のことは忘れてくれ・・、
それがお前の幸せにつながるのだ・・〉

愛に溺れた男と女は時として、周囲にいる善良な者を知らず知らずに傷つけることがあります。こ
の時の佐王子がまさに愛する二人の犠牲者なのです。勿論二人はそのことに気が付いていません。
佐王子も傷つけられたそぶりさえ見せないのです。

「浦上さん・・、
今日は失礼なことを数々申し上げましたが、
これすべて千春を愛するが故に口に出したことです。
浦上さんであれば私の気持ちはお分かりいただけると思います・・・。
では・・・、これで・・・」

いろいろ言いたいことはあるはずですが、好敵手に敗れた侍の様に、恨み言も、捨て台詞もなく、
むしろ、あっけないほどあっさりと別れの言葉を言い切り、浦上に一礼して、佐王子は立ち上がろ
うとしました。

「佐王子さん・・!
チョッと待ってください・・・」

浦上が声をかけました。立ち上がりかけた腰を下ろし、佐王子が浦上の顔を見ています。一呼吸を
置いて、浦上が口を開きました。一言、一言、言葉を選びながら、慎重に語り始めました。

「佐王子さん・・、一つ教えてください・・・・
売春のこと・・、貴方が言わなければ・・、
僕はそのことを永久に知ることはなかった。

あなたの愛人だと・・。
それだけ言えばすむ話ではなかったのですか・・・」

「確かに、私が言わなければ、千春さんも自ら進んで自身の恥を話すことはしないでしょうから、
秘密は表に出ることはなかったと思います。

それなら、何を好んでそこまでさらけ出したのか・・・・。
当然の疑問ですね…、さすがは浦上さんです・・」

佐王子が一応感心して見せています。

「私も、随分と考えました・・。
結局、全てを話すことにしたのです・・・。
それは、千春の・・、いえ・・、千春さんの幸せを考えた上でのことです」

「千春さんの幸せを考えた上ですか…、
僕にはそうは受け取れませんでした・・・。

はっきり申し上げると、最初は僕に対する嫌がらせだとさえ思いました。
私を千春さんから遠ざける作戦だと受け取りました。

そして、今回の三者会談が佐王子さんの演出だと判った今でも、
千春さんの過去をそこまでさらけ出す必要はなかったのでは・・・、
この思いは捨てきれません・・・・」

何か感じるところがあるのでしょう、浦上が執拗に質問を続けています。佐王子も浦上の質問の狙
いをある程度理解している様子で、かなり慎重に構えています。どうやら男二人の勝負はまだ終
わっていない様子です。


[30] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(160)  鶴岡次郎 :2014/04/21 (月) 15:55 ID:UV5e0h7o No.2511

この質問が出てくるのを佐王子は予想していました。そしてもちろん、説得力のある答えも準備し
ているのです。ただ浦上の様子を見て、適当にあしらえる相手でないと判断したようで、佐王子は
言葉を選びながらゆっくりと話し始めました。どうやら、彼の説明で浦上を完全に納得させる自信
がないようです。

「浦上さんがそう受け取ったのは当然です。
あなたを少しイラつかせて、本音を引き出すつもりだったのですから・・・。
やや、過激な言葉を使ったことは謝ります。

あなたの質問の件ですが、お二人の将来を危うくするようなことは言いたくなかった、
出来ることなら、このことは千春さんと私だけの秘密にしておきたいと思っていました。
千春さんも多分そのつもりだったと思います。

いろいろ考えた結果、秘密をお話しすることが千春さんにとってベストだと思ったのです・・、
それで千春さんの了解も得ないで、私の独断でお話ししたのです」

「そうですか・・、千春さんのためを思ってのことですか…、
だめですね・・・、私にはやはり納得できません…。

ご覧の様に、未熟者ですから、佐王子さんの本心が良く理解できません。
面倒なことをお願いするようで申し訳ありませんが、
経験の乏しい僕にも判るように説明いただけませんか・・・」

佐王子に対する浦上の評価がかなり好転しているのです。見かけによらずしっかりした考えを持った
男、彼の職業や、見かけで判断した以上にできる男だと浦上は佐王子を評価しているのです。言葉
使いも丁寧になっています。経験の深い先輩に教えを乞う姿勢さえ見せているのです。

「もし私が売春のことをあなたに伏せていたら・・・、
千春は・・、いえ・・、千春さんは・・、
一生その秘密を抱えて、あなたと暮らすことになる。
そんな苦労を、彼女にさせたくないと思いました・・・」

浦上が頷いています。

〈そのことは勿論考えた…、
最愛の夫には勿論、誰にも話せない秘密を抱えて生きることは、確かにつらいことだ、
しかし、秘密を話せば僕が彼女を見捨てることを、心配しなかったのか・・

どちらを取るか・・、難しい判断だ・・・・
僕なら、この場は秘密を守る道を選ぶと思う・・・・〉

浦上の釈然としない表情を見て、佐王子は少し慌てていました。

「私がその秘密を話して、それで離れて行く男であれば・・、
浦上さんはそれだけの男だと・・、
あなたを取り逃がしても・・、
千春さんにとって惜しい男ではないと思ったのです・・。
千春さんにはもっといい男が似合うと思ったのです・・・」

そこで佐王子は口を止め、いたずらっぽ笑みを浮かべて浦上を見て、そして視線を千春に向けま
した。千春の瞳から涙があふれていました。それでも、必死で泣くのを我慢しているようです。

〈驚いた・・・、この人は僕の心を読み切っている…、
僕が不審に思っている事実をズバリと突いてきている…
この人にはかなわない・・、
釈然としないが、佐王子さんには悪気がないようだから・・、
これで良しとしよう…〉

佐王子の説明に浦上は苦笑を浮かべて大きく頷いています。ようやく納得した浦上を見て、佐王子
が何度も、何度も頷いています。


[31] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(161)  鶴岡次郎 :2014/04/23 (水) 16:22 ID:z32FHhMA No.2512

佐王子に笑みを返しながら、浦上はまだあきらめきれないようで、佐王子の言葉の裏を探っていた
のです。

〈佐王子さんの説明は一応筋が通っているが…、
それでも、売春のことを口にして良い理由としては軽すぎる…、

その一言で、私は千春さんをあきらめていた可能性もあった、
その一言で、千春さんが望む結婚話は消える可能性が高かったはず、
これほど重大な秘密をバラすには、それなりのもっと深い理由があるはず。
佐王子さんは本当の理由を隠している…、そうに違いない…

そうか…、もしかすると…、
千春さんと結婚する僕に、そのことを知らせる必要があった・・、
そうだ・・、それだ・・、そう考えると全ての謎が解ける・・・、

では、その必要性とは何だ・・・、
破談の危険を犯しても、売春のことを僕に告げる必要性とは…
判らない・・・・〉

浦上と結婚したいと望む千春の希望を聞き、佐王子は初めから千春と浦上を結び付ける積りで、今
日の会見を自作自演したのです。そうであれば、千春と浦上の縁談話を根底からつぶしてしまう可
能性を秘めた売春の件を、あえて口に出すのは少し変だと浦上は考えたのです。千春と口裏を合わ
せて隠し通すことだって出来たはずで、むしろ、そうするのが普通の選択だと浦上は考えたのです。

確かに、佐王子の説明はなかなか説得力のあるものですが、浦上はそれだけでは納得していなかった
のです。勿論、佐王子が悪意を持って、本当の理由を隠しているとは疑っていないのですが、ある複
雑な理由があって、佐王子は本音を今は隠していると浦上は考えているのです。

浦上が複雑な悩みを抱えていることなど気づかない様子で、佐王子は真正面から浦上を見つめて、少
し改まった口調で口を開きました。

「あなたは私の予想を超える素晴らしい方でした。
千春のこと、安心して任せることができます。
よろしく、お願い申します…」

佐王子が浦上に深々と頭を下げています。浦上も頭を下げています。千春を見て、佐王子がやさし
い口調で言葉を出しました。

「千春・・、良かったな、いい人に巡り合えて・・、
もう・・、会うことはないと思うが、今まで、本当にお世話になった・・・。
幸せになるんだよ・・・・」

「佐さん・・・、佐王子さん…
私こそ、…本当にお世話になりました…。
うう・・・・」

もう・・、千春は堪えることが出来ないで、テーブルの上に泣き崩れました。店に居る他の客が何
事かと彼らを見ていますが、男二人が笑みを浮かべているのを見て、トラブルでないと判断した様
子で、騒いだりしないで静かに見守っているのです。

「では・・、私はこれで失礼します・・」

佐王子が立ち上がり、千春と浦上も遅れて立ち上がりました。三人は丁寧に頭を下げて別れのあい
さつを交わしました。そして、その場で潔く背を向けた佐王子が出口へ向けて大股で歩き始めまし
た。

ぼんやりと佐王子の背中を見つめながら、浦上はまだあの事を考えていたのです。

〈なぜ・・、売春のことを僕に話す必要があたのだろう・・
これで・・、秘密は闇に葬り去れるのか…、
時間が経てば、いずれ忘れるだろうが・・、気になるな・・・・〉

奥歯に物が挟まったような、そんなすっきりしない気持ちで浦上は佐王子を見送っていました。


[32] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(162)  鶴岡次郎 :2014/04/25 (金) 13:03 ID:eNnkX25c No.2513

二、三歩、歩いたところで突然佐王子が立ち止まり、振り向き、笑顔で浦上に声をかけました。

「浦上さん・・、
言い忘れたことがありました・・、
ちょっといいですか…?」

立ち止まったまま手招きしているのです。浦上が立ち上がり、佐王子のところへ歩み寄りました。
千春に聞かせたくない話があると判断したのです。

声を潜めて、浦上の耳に顔を近づけて佐王子は話しています。笑みを浮かべて話しているので、仲
のいい友達が別れ際に、人には聞かれたくないきわどい話を交わしているように見えるのです。千
春も首をかしげ、笑みを浮かべ、男二人を見ています。どうやら、千春には佐王子のささやき声は
届いていない様子です。

「今からお話しすることは私とあなただけの秘密です。
勿論、千春さんにも聞かれたくないことです。
緊張しないで、不自然でない程度に笑みを浮かべて聴いてください・・」

佐王子に呼ばれて、ある期待から全身に緊張感をにじませていた浦上が肩の力を抜き、笑みを浮か
べて男同士のたわいない戯言を聞いている雰囲気を出しています。

「浦上さん…、
売春の件をあえて暴露した理由(わけ)を・・・、
あなたは納得していませんね…」

びっくりした表情で浦上が佐王子の顔を見ています。まさかそこまで読まれているとは思ってい
なかったのです。

「そんなにびっくりした顔をしてはダメです…、
笑って、笑って…、そうです・・」

「驚きました…。
判りましたか…、
佐王子さんには、本当にかないませんね…」

「お客の表情を読むのが私の仕事ですから・・」

「若造の考えていることなど、
あなたにとってはすべてお見通しってことですかね・・・」

すこしすねた表情を浮かべて浦上がつぶやき、佐王子がにっこり微笑んでいます。

「私は先ほど申し上げたように女衒です。
女のことは、女本人よりよく知っているつもりです・・
女の体を売り買いする女衒の私から見て、千春さんは千人・・、
いえ、多分、数万人に一人の女性です。

数知れない女性を抱いてきた私でも・・、
彼女ほどの女性は彼女と他一名しか知りません。
その意味で、あなたは選ばれた幸運な男性です・・」

予想外の、大変な話になりそうな予感で浦上は、体が震えるほどの緊張を感じていました。そして、
佐王子が今まで隠していた本音をいよいよ話し出すのだと感じ取っていたのです。


[33] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(163)  鶴岡次郎 :2014/04/26 (土) 15:29 ID:QVyeAXME No.2514

佐王子に言われたとおりそれまではにこにこ笑っていたのですが、佐王子がいよいよ核心に触れる
内容を話し出すと判ると、笑みを忘れて、佐王子を睨み付けるように見ています。無理もありませ
ん、これから結婚しようとする女の隠された性、それもかなり突飛な性を、この4年間千春をさん
ざん弄び、彼女を売春婦に仕立て上げた憎い50男から聞かされるのです。浦上が平静状態を保て
ないのは当然です。

「浦上さん、そんな怖い顔をしてはいけません、
笑いを絶やさないようにしてください。
くだらない冗談を聞かされているふりをしてください」

佐王子の注意を受けて、また浦上が笑い顔を作っています。

「一流靴店に勤めている女性がその一方で売春をしているのは、
だれが考えても破廉恥で、異常なことですよね、
普通こんな恥ずかしいことは、誰にも話しませんよね、
まして、相手が結婚相手となれば、なおさら、この秘密は隠します。

それにもかかわらず、彼女をそうした境遇に落とした張本人の私が、
あえてその秘密を、婚約者であるあなたに話しました。
何故そんなことをした・・、そんな秘密を暴露する必要はなかったと・・、
誰でも不思議に思いますよね・・・。
あなたが、そのことで私を詰問したのは当然です・・・」

浦上が軽く頷いています。

「私の説明で納得してほしいと思ったのですが・・、
案の定、頭の切れるあなたは私の説明では満足していなかった。

私があえて、千春の秘密をあなたに話したのは・・・、
千春と結婚するあなたには、千春の本性を知ってほしい・・、
知るべきだと考えたからです・・・」

必死で笑顔を作っていますが、浦上の視線は宙を漂っているのです。彼の頭の中で様々な考えが駆
け巡っているようです。

「売春稼業を始めさせたのは私です・・・。
その意味で、この場で、あなたに殴り倒されても私は何の文句も言えません、

しかし・・、
今から申しあがることは決して私自身の犯した罪を擁護するためのものではなく、
あなたと千春さんの幸せを考えた上でのことだと、理解して欲しいのです。

もし私がその道を付けていなかったら・・・・、
今頃、彼女はもっとひどい環境で、
どこかの風俗店でその稼業をやっている可能性が高いのです。
おそらく、そうであれば、あなたとの結婚話が出ることはなかったでしょう…」

佐王子が手引きをしていなかったら、千春は堕ちるところまで堕ちたはずだと、佐王子は言ってい
るのです。これが佐王子の言い訳でないとすると・・、釈然としない気持ちなのですが、浦上はた
だ黙って聞いていました。


[34] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(164)  鶴岡次郎 :2014/04/29 (火) 11:01 ID:HSnIyvu. No.2516
かなり思い切ったことを言ったので、怒りや、拒否反応を見せるのではと、佐王子は心配して、浦
上の様子を探っているのです。

〈おや・・、この若造…
見込んだ通り中々の男だ…、
この程度の話では狼狽えないようだ…〉

質問も、文句も、口に出しそうにないのを察して、佐王子はゆっくりと口を開きました。いよいよ
核心に触れるつもりのようで、珍しく彼の表情が少し固くなっているのです。

「彼女は特別な女性であることを忘れないでください・・。
言い換えれば・・・、そう・・・・、
その家業をやるために生まれてきた女だと言っても過言ではありません」

ここまで露骨な話を聞かされても、浦上は少し笑みを浮かべて、宙に視線を漂わせている姿勢を変
えないのです。佐王子の話に耳を傾けているのは確かなようで、話が途切れると、次を促すように
佐王子を見るのです。むしろ、慎重に言葉を選んでいる佐王子の方が緊張気味です。

「勿論・・、彼女自身はそのことについて自覚していません・・。

残念ながら、この世の中は彼女のような女性が生きてゆくにはあまり制約が多すぎます・・・。
実を言うと、私の稼業でも、彼女のような女は生き辛いのです。
そのことがあまり好きだと、商売が商売でなくなり、やりすぎて体は勿論、精神までも壊すことに
なるのです。何事も、ほどほどが良いのですよ・・・。

多くの男は彼女のような女を求めながら、いざ、その女を手中にすると、
自分では意識しないで、その女の魅力を封じるようになるのです。
女を十分喜ばせることができないのに、
狭い檻の中に縛り付けるのが、男なんですよ…・」

ここで、大きく息を吐き出し、佐王子は卑屈な笑みを浮かべて、浦上に同意を求めるようなしぐさ
を見せています。浦上は姿勢を崩しません。

「他の男には目もくれないで、一人の男性を守って生涯暮らしてゆくことは・・・、
おそらく・・、彼女自身は一生懸命頑張ると思いますが・・、
不可能に近いことだと思います・・。

一般的な意味での結婚生活を立派にやり遂げようとすると・・・、
いずれ・・・、彼女は心に重篤な病を持つようになるでしょう・・」

ストレートな表現を好む佐王子ですが、この時ばかりは遠回しに、核心をずらせて話しているの
です。そのうえ、言葉を選びながら話しているので、話がとぎれとぎれになっています。

「佐王子さん…」

じれた浦上が不満そうな表情を浮かべています。ついに、口を開きました。それでも笑みを浮かべ
ているのは立派です。

「おっしゃっている意味が今一つよく理解できません・・・、
私なりに、あなたの言葉の裏を無理に理解すると・・、

将来・・、それもかなり近い将来・・・
彼女の思いにかかわりなく・・・、
千春さんは、いずれ売春婦に戻ることになると・・、

あなたはそう思っているのですか・・?」

「・・・・・・・」

浦上の質問に、佐王子が黙って頷いています。


[35] フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(165)  鶴岡次郎 :2014/04/30 (水) 13:57 ID:sFSlN1hE No.2517

二人の男は黙って見つめあっていました。短い言葉のやり取りでしたが、意図は浦上に完璧に通じ
たと佐王子は感じ取っていました。

〈この若造・・、
見かけもなかなかの二枚目だが・・・・
頭も切れるようだ・・・、
俺の言っていることを間違いなく受け止めたようだ…。

さて・・、そこまで知った上で、千春を嫁に出来るかな…、
今、しきりに考えているようだが、どんな結論を出すか、楽しみだ〉

浦上の視線は自身の胸の内に向けられ、佐王子から得た新らたな情報によって自身の決意に変化が
生じていないか、注意深く確かめているのです。

〈娼婦になるために生まれた来た女…、
万に一人の女・・、
僕はそんな女に惚れたらしい・・・・。

一目で惚れた時点で、僕には千春以外の選択肢はなくなっているのだ…。
どこまで行けるか判らないが、行き着くところまで行こう…、
先のことを考えるより、先ず、彼女に溺れる生活を楽しもう・・・〉

短時間で浦上は結論を出していました。晴れやかな表情で佐王子に向かって大きく、力強く頷いて
いました。佐王子は・・、目を潤ませて、何度も・・、何度も頷いていました。

「私のアドレスです。いつでも連絡をください。
千春さんのことで相談に出来るのは、私だけだと思ってください・・
私が今日話したことが少しでも気になる現象を目にしたら、
迷わず、必ず一報ください・・。
早期発見が大切です…、
対処方法を誤ると、みんなが不幸になりますから・・・」

謎のようなささやきとメモ用紙を残して佐王子は足早にレストランを出て行きました。


「何を話していたの…、
ずいぶんと楽しそうだったけれど…」

席に戻ってきた浦上に千春が質問しています。

「いや・・、男同士のたわいのない話だよ・・」

「何・・、聞きたい…、
私には話せないこと・・」

「そうでもないが…」

不自然に隠すと、馬脚を現すことになると浦上は考えました。

「千春さんの好きなラーゲは・・、
後ろからだと佐王子さんが教えてくれた・・」

「エッ・・・、嘘・・、そんなこと話し合っていたの…、
スケベー…、嫌ね…、
男の人っていつもそんな話をしているの・・・、
ねえ・・、他にも何か言っていた…」

「後ろからしながら、前を触るといいと教えてもらった。
その他、いろいろ教わったが・・、
それはその場になれば実戦で千春さんにも教えます、

佐王子さんは言っていた・・。
・・・とにかく好き者だから・・、
夜のサービスを欠かさないようにと言われた・・」

「あら・・、あら…
大変なお話ね・・、
ねえ・・、それで、三郎さんはどう答えたの…」

「頑張りますと、言ったさ…」

千春が大声で笑い出し、浦上もつられて笑っていましたが、佐王子の残した言葉が大きく彼の上に
乗しかかっていました。それでも、千春を幸せにできるのは彼自身だとの思いにすこしの迷いもあ
りませんでした。


[36] 新しいスレへ移ります  鶴岡次郎 :2014/04/30 (水) 14:11 ID:sFSlN1hE No.2518
章が変わりますんで、新スレを起こします。  じろー


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